この御理解の音声元テープがないので確認出来ず

昭和41年09月25日 夜の御理解



 「   」さんがこんなもんを持ってきて、見せて下さる。これはあの「   」という、「   」のお話しです。「     」の人らしいですね、そして「  」の「  」という庄屋産の四番目との娘になる。そして中原というところの元の島に、中原というところのやっぱり、松永という庄屋産さんに縁について、非常にその俳句を作ったりすることが好きなのです。
 まぁ中々な感心であったというわけですね。それがたまたまそのかたのせに、医者でもありまたは偉人でもあるという人が見えられて。その方と、「    」それから、その後主人というのは、ひとてまぁ~大阪くだりまであっちこっち兵庫で「   」しておられる。
 「    」それとも、そのね。その方がまぁ~一生そのご主人を無くされてから「   」それから俳句の先生をしながらいわえるもう難儀な中に、終わられた。それでもその苦というのは、実に実感のある、修苦が多い残されている。その「  」というその方の今日は、ついとうの「   」や悲しみであったらしいですね。また私はこの本を読ませて頂きながら、その一冊の一部を残しておられる句のそれやら、あれこれと読ませて頂いてから思うのですけれども、まぁ二、三読んで見ましょうかね。
 春の巻き心に多いはなかりけ。やけしいものところどころ、いや「    」これは、旅行中に自分の利用を出されてと書いてあります。【見句春や、梅を見ているからしめこ。かそうひは、上まで遠くおおやけ、長生きのはじも、おのわずはなみかな、恋をするとしにはあらずほとといです。残念なことだと。おくりりは、とどくにしてもみずな、むらさめの、おとめした友【       】ながらいてかれのみ悲しいぎりぎりしなだきおやおもいあまりてごしょうのこと。いざよいの【    】という、「    」
 もう本当にその生活が実にまぁ~みそぼらしい生活であったというようなことがここを通してから感じられる。けれどもそこにはね、とにかく貧乏すれば、貧乏するで、そこから良い子が生まれて来る。恋をすれば、恋をしたで、その変わり良い子が生まれて来る。 私は信心はこれだと思う。私は本当に今、同時難儀コンパクトの中にあっても、難儀コンパクトの中からでしか生まれてこないというものがでなければ頂けないというものがです、身に付いていかなかったら信心の値打ちはないと私は思うのですね。
 これは、今のそのはまさんの手紙の中からでもそれを感ずることができる。もう本当に一生を過ごした難儀なら難儀の中からこうしたすごい苦があった。まぁ「   」苦が残されている。しかもそのときその時の草案ですね。いわえる草の「  」ですから。丁度言うならば、まぁ~豚小屋とも馬小屋といったような感じでしょう。そういう小さいいよりを結んでもこの精進をしておられる。
 その戸にもぐさな香りがするとね。「   」誰か叩き音をしたから出たけれども、人はいなかったね。言わば、あの村雨がただ降っておっただけであったといったような、もう本当に実感がこぼれるようなことですね。そこを通らなければ、そういうところを例えば、あのはいせい場所と言われる人達が、そのあのおくの細い道なんかを書き残されてね、もう本当に俳句の奥の奥の道を体得するために、その諸国安行をされたという。
 まぁ~そこからでなければ良い句が生まれない。修行というようなものは生まれてこない。信心でもそうです。もうそこはいけん、もう行き詰まった、こげん難儀があろうかという中にです、そのとき頂かなければ分からない神様の深い思いを分からせて頂く。神様のとくに、そうした難儀コンパクの中でなければ味わうことのできない信心をです、自分の物にいわえる物していかなければ、信心させて頂く値打ちはない。
 ただそのおかげを受けるということだけに、きのやつをしておる信心では、いつまでたってもまぁ~よしそういう不自由の無い生活におかげを頂いてからでもそれは対した言わば、喜びも湧かないだろうと私は思う。どういう中にあっても、それはまぁ真剣な中からです、そこから神様を見出しさせて頂くという信心。そういう意味で、やはり芸術と信心とが一枚のものだと言われるのもそんなところだろうと私は思うのですね。
 それでもう一つその俳句の好きな人は、その自分の生活の苦しい中からその苦しゅなからなければ生まれないような良い句を作っていかれたように。信心させて頂く者も、様々な問題にぶつかる、様々な難儀に直面する。けれども、その直面したときでなからなければ、頂けない信心の味わいというものを自分のものにしていく。心掛けがね、いるのではない、ためにはやっぱり信心を好きにならなければいけないと思うね。
   どうぞ